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2014年07月05日

『はなむけ』

※海外へと移り住む朗読仲間にむけて書き、本日壮行イベントで披露したもの。
たぶん、これ以降読む機会は(少なくともこのままの形では)ないだろうなと思ったので、長らく作品的なものを投稿してなかったこのブログに転載しておこうかなと。

『はなむけ』

はなむけのことばとはいえ しょせん いちやづけだから
あさづけのできばえだと かたづけられてしまいそうだけど
それでもこのたわむれをあなたに ぬけぬけとささげてしまおう
かたむけてほしい そのみみを あなたにむけたこのことばに

おきぬけのねぼけがおでうまれ あかぬけぬ かこからとびでて
あまたをだしぬいてきりぬけてかけぬけて たどりつけたこのげんざいで
あなたがぶつけてくることばは たしかなるしょうさんをうけ
かけつけたひとびとはつよくはじけ そこぬけにおおうけにばかうけ
そのこえはときにひとをたすけ ときにはつよくゆうきづけ
けれど てなづけられず なづけられもせず
ささやくようなねいろでかたりつたえられるそのふうけい
そのしずけさのなかでつねに ほのかにかがやけるのは
あさやけににたじょうねつと ゆうやけににたきょうしゅう
そしてくらやみからもめをそむけず あんいなみちへとじぶんをしむけず
おのれとむきあった さけぬいとを つよくつむぐからこそうまれた
かけねなくうつくしいしと いろあせぬそのじょうけい

それをわれわれはむねにうけ こころのおくそこにもらいうけ
いつのまにか あなたにくびったけ
ぬすっとたけだけしいとはおもいつつも
それにえいきょうをうけて あらたなせかいをかきつけていた

そんなあなたはこれからも はなさけるみらいへとむけて
はるかなるながいたびを これからもつづけるのだろう
まだうけとめてみたいことばだらけだけれど それは
でんぱのうみをかきわけて おすそわけさせてもらおう

だからいまはただ ともにさけをのもう
かたむけるいっこんからささげる そのさかづきにいのちをかけて
かこのじぶんにまけぬよう あけくれていきるちかいをかかげて
そのとき われわれはあなたと はなとはなをつきあわせている
たがいのはながむきあう そのことばこそが ほんとうのはなむけだ
きたるあしたへまえをむけ すぎさりしひびもときにはふりむけ
いずれにしてもまるいほしのうえにそんざいしている ただそれだけで
あなたとわれわれは いつだって はなをむけあっているのだ
posted by 晴居彗星 at 23:24| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月17日

『今の世界が終わる前に』

どうもはじめまして、晴居彗星です。
名前と顔だけでもおぼえて帰ってください。
まあ、はじめましてと言ってもね、
こうしてぼくの話を聴いてくださっているみなさんを見ると、
見知った顔とか、ぼくのこと知ってる人とか、いると思うんですけど、
それでもやっぱりね、厳密に言えば、はじめましてと言うのが正解だと思います。

なにしろ、ぼくらの住んでるこの世界がはじまって、まだ5分しかたってないわけで、
まあ、全然そんな気しないわけですけど、
自分の記憶や世界の歴史ごと5分前にできましたから、そりゃしょうがないわけで。
過去なんてそんなもんですからね。
記憶と記録があれば、実際にあったことになっちゃいますから。
恐竜は最初から化石だし、古文書は最初から古文書だし、
死んだ人は最初から死んでるし。
ぼくも、最初から、25歳のさえない男として、
世界やみなさんといっしょに、5分前にはじまったわけですけど。

まあ、ぶっちゃけ、世界がはじまったのが100億年前だろうが5分前だろうが、
あんま影響ないっちゃないんですけどね。
ただ、なんていうんですかね、なんだったのかなーっていうのは感じますよね。
ぼくだってこの25年間、いろんなことがあったような気がするんですけど、
それが全部、たった5分前にできた記憶だと思うと、うーんって感じです。
設定にも多少文句もありますしね。あの、ビジュアルとか、
全体的にもね、この何ヶ月か、いろいろなことが起こって、
できたばかりなのに、なんだか世界の終わりみたいな世界です。

あのー、世界の終わりといえば、
小さいころ、といっても、ぼくの記憶も5分前に作られたわけですけど、
小学生のとき、休みの日、友達と自転車で遊びに出かけたんですね。
親にはあんまり外に出るなって言われてた時期だったんですけど、
なにしろ、遊びざかりだったもんで。
当時よく遊んでたのは、川の向こうのとなり町にある廃工場で、
人気もほとんどないところで、
まあ、そのころって、もともとあんまり人は出歩いてなかったんですけど、
あたりは昼間なのに薄暗くて、敷地の中に入ると雑草だらけで、
打ち捨てられたドラム缶とか、錆びたパイプがいっぱい転がってるようなところで。
その日も、みんなで適当に、動かないベルトコンベアのボタン押しまくったりとか、
よくわかんないアームのついた装置の上に乗っかったりとかして遊んでたんですけど、
そのうち、工場の中でかくれんぼしようぜって話になったんですね。
そいで、じゃんけんして、みんなでかくれたわけですよ。
で、ぼくは、2階の、なんかいっぱい部屋があったんですけど、一番奥の部屋、
中に入ると、応接テーブルと、机とイスと大きな窓、なんか社長室っぽいところで、
ぼく、その机の中にかくれたんですね。
それでぼく、待っているあいだに、ウトウトしちゃったんです。

目がさめたのは、ズシンっていう、大きな振動のせいでした。
軽い地震かなと思って、ハッと目をさますと、
ちょうどぼくのうしろにあった窓から、赤い日が差しこんでて、
そんなに長い時間寝たつもりはなかったんですけど。
あー夕方だ、そろそろ帰らなきゃって、ぼんやり立ち上がって、窓の外を見ると、
あのー、町が、燃えてたんですね。

そこかしこから、火とか煙が上がってて。
たくさんの飛行機が飛んで、たくさんの、黒いなにかを落としてました。
それが落ちたところから、また火が上がって、
火だるまになった人たちが家から飛び出して、のたうちまわってました。

そのころっていうと、ちょうど第三次世界大戦がはじまって1年ぐらいで、
少し前に、九州のほうで空襲があったってニュースは観てたんですけど、
なんか、申しわけないけど、こどものぼくには、全然リアリティがなくて、
親には、むやみに外を出歩くなとは言われてたんですけど……。
休むまもなく、今度はものすごく近くで爆撃の音がして、建物が一気にゆれました。
とにかく、やばいと思って、僕はあわててその部屋を出て、
階段で下へ降りようとしたんですけど、そこはもう、一面が火の海でした。
ぼくの友だちはみんな、床や、ベルトコンベアの上で、黒焦げになってました。
僕は下に降りることもできずに、またさっきの部屋にもどりました。
ここまで火の手が来るのは、時間の問題で、
たぶん、自分はここで死ぬんだなと思いました。
もう、パニクるでもなく、なんか、夢でも観ているような気持ちになってて、
ぼく、ぼんやり、窓の外の風景を観てたんですよ。
川の向こうのぼくらの町を見ると、大きなきのこ雲が地上から空に向かって浮かんでて、
そこは、まさに世界の終わりって感じで、
どう考えても、バッドエンドって感じでした。

そのとき、けむりの上がる空の中に、
切れ目みたいな横向きの線が、ならんで入ったんですよ。
はじめは、黒い飛行機雲かと思ったんですけど、
それがゆっくり、パカッと開いて、ふたつの大きな目玉が、地上を見下ろしたんですよ。

その瞬間、建物とか、車とか、人とか、なにもかも関係なく、
いろんなものがさらさらーって、砂みたいに形を失いはじめて、
空に浮かぶ、そのふたつの目玉に吸いこまれていったんですね。
その変化は、遠くのほうからだんだん近くまで来て、
僕がはりついている窓や壁も、だんだんと砂に変わり、
外にむき出しになったぼくの体も、指先から徐々に、砂に変わっていきました。
それはちょうど、あったかいお湯に浸かっていくような感覚で、
ぼくは、あっというまに全身砂になって、その目玉に吸いこまれて消えていきました。
それが、ぼくの、10歳の時の記憶。
ついさっきできたぼくの記憶の中に、たぶん、うっかり残ってしまった、
前回の2011年の、今日のできごとです。

今のこの世界がはじまって、もうすぐ20分たとうとしてます。
今も2011年なんで、一応、前回のつづきってことなんでしょうけど、
設定はちょっとちがう感じですけど。ぼくも今回は25歳になってるし。
まあ、もう、けっこうバッドエンドっぽい雰囲気がプンプンしてるんですけど、
どっかで見てるあの目玉のだれかにしてみたら、まだこれは、
アトラクションの域なのかもしれないですね。
こっち的にはたまったもんじゃないですけど。
今が何回目なのかわかんないですけど、
いつ終わってもふしぎじゃないような世界ですけど、
それでも、この中の登場人物であるぼくらにとっては、
20分前にはじまったここが、唯一の世界なんですよね。

だから、どうか、おぼえていてほしいんです。
どうもはじめまして、晴居彗星です、
名前と顔だけでもおぼえて帰ってください、
今のこの世界が存在しているうちに、
名前と顔だけでもおぼえて帰ってください、
ぼくだけじゃなくて、これから出会う人、
聴いた言葉、体験したこと、湧き上がった気持ち、
どうかほんの少しでもおぼえて帰ってください、
そうは言ってもわすれちゃうんでしょうけど、
いつかこの世界がバッドエンドになりそうになって、
また設定を変えてやり直しになったとしたら、
今の世界で笑ったことも、
今の世界でなやみ苦しんだことも、
今の世界に救われたことも、
今の世界であたりまえの日々をすごしていたことも、
きれいさっぱりわすれちゃうんでしょうけど、
あとかたもなくわすれちゃうんでしょうけど、
それでも、そのときが来るまで、ぼくらの世界は、ここですから。

5、4、3、2、1、まだ、世界はあります。
5、4、3、2、1、まだ、世界はあります。
5、4、3、2、1、まだ、世界は…………
posted by 晴居彗星 at 23:41| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

JET POETで朗読したUst映像です

月曜日、JET POETに出演してきました。
なんとか、30分のステージをやってまいりました。
噛みまくりでした。すいません。

で、たまたまお店のWi-Fiが使えたので、当日、急遽Ustreamで、ぼくの朗読部分を生中継していたのです。
リアルタイムでご覧になった方は少ないと思いますが、録画保存してありますので、こちらに貼りつけておきます。
ぼくの前に読んでいたZULUさんの朗読の後半部分→ぼくの30分朗読→ブレイクタイムの雑談→オープンマイクトップバッターのあしゅりんさんの朗読、という流れになっております。まさかUstするとは思ってなかったので電源アダブタを持参しておらず、バッテリー電力のみだったので、この長さが限界ギリギリでした。

読んだのは4篇、『逆上がり』→『怪物』『ナギのこと』→『宇宙のブランコ』となっています。
もう一度いいますが、わたくし、カミカミでございます。
あと、ちょっと動画が重いかもしれません。

http://www.ustream.tv/recorded/16373084

Video streaming by Ustream

セットリストの展開と内容から、なんとなく「とあるサラリーマンの独白」みたいなイメージが出てきたので、それに合わせて、ネクタイなんぞをしてやってみました。

ちなみにバッテリーの都合で録画はされておりませんが、オーラスにもう一度ゲストが朗読をする時間のときには、『カイコ』をやりました。自分的には、これがいちばん出来がよかったです。しかし録画していないという。
posted by 晴居彗星 at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

『金のおれ、銀のおれ』

 おれは、森の中にある池のほとりで、木を倒そうと、斧をふるっていた。たき木にするためだ。
 力をこめて、斧を思いっきり振り上げたときだった。
スポーン!
 いきおいあまって、おれは、おれを池に落としてしまった。
 ブクブクブク……。
 すると、池の中から、光り輝く、美しい女神が現れた。
「あなたが落としたのは、この、金のおれですか? それとも、銀のおれですか?」
 女神の左右には、それぞれ金色に輝くおれと、銀色に輝くおれが、ぼんやりした表情で立っていた。
「……いえ、もっと、ふつうのおれです」
 と、言いたかったけど、言うべきおれは、もう池の底だった。
 しばらく経ってから、女神はにっこりとほほえんで、ひとりごとのように言った。
「あなたは正直者ですね。ほうびに、この、金のあなたと銀のあなた、ふたりとも差し上げましょう」
「いやいやいや、いらないです。それより、ふつうのおれを返してください」
 と、言いたかったけど、言うべきおれは、もう池の底だった。
 女神はそのまま、ブクブクと池の中にしずんでいってしまった。
 のこされたのは、金と銀のおれたちと、斧だけだった。
「どうするんだ」と、金のおれは言った。
「どうするんだ」と、銀のおれも言った。
 おれは、とほうにくれようとしたけど、とほうにくれるべきおれは、もう、いなくなっていた。
 金のおれと銀のおれは、斧をどちらが持って帰るか、大きな声でけんかをつづけていた。
posted by 晴居彗星 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

詩『融解』

あたしは首を締める。自分の首を。自分の素手で。もちろん、自分の手で自分の首を締めて死んだ人なんて聞いたことないし、そんなことができるとも思っていない。だからこれはただのポーズだ。だけど本気の力をこめた。顔がむくんで破裂しそうなぐらい。

あたしは水を飲む。汚染された水道水を飲む。ただちに影響のない水道水を飲む。のどの渇きだけはただちにおさまった。小さく息を吐いたあと、あたしは次の行動を考える。しても構わないことはたくさんあったが、するべきことはなにひとつなかった。少なくとも、ただちにするべきことなどは。

あたしはみんなに幸福になってほしいと思う。それはずいぶん無理のある要求だともあたしは思う。けれど不幸にはなってほしくないなとは思う。幸福と不幸のあいだの、白から黒にかけてのグラデーションをあたしは想像する。そこに散らばる無数の小さな赤い点を想像する。まるで血痕のようだと感じて、すぐさまその安直さに辟易し、頭をかきむしる。

あたしは自分のことが嫌いではない。というか、嫌いになってはいけないような気がする。好きと嫌いのあいだにもグラデーションはあるが、それは幸福と不幸のグラデーションに比べると、曖昧な部分が少ないような気がする。けれど、少ないだけで、それはちゃんとある。そして、あたしが出会ってきた人、物、事象のたいていは、その小さなエリアに押しこめられている気がする。

あたしは服を脱ぐ。裸になって鏡の前に立つ。この行為は好きではない。これははっきりと言える。嫌いだ。だからこそそうしてみた。首まわりにかすかな指の痕が見えた。痣と言えるほどではない。痣になるほど力はこめられない。これはあっというまに消えてしまうだろう。肘には青い痣があった。これはしばらく残るだろう。なんのことはない、昨日の夜、棚にぶつけてしまっただけだ。脇腹には虫に刺された赤い点。かきむしったせいで、周囲も薄い赤が広がっている。これもしばらく残るだろう。

あたしはベランダから洗濯物を取りこむ。もちろん、服は着ている。

あたしはときどき、自分がなにかとんでもない間違いを犯しているのではないかという観念にとらわれることがある。それがいったいなんなのか、具体的にはわからない。気のせいかもしれないし、もはや取り返しのつかないほど重大なものだったかもしれない。人生において本当の意味で取り返しのつかないことがあるのかどうかわからない。けれど、これまでの経験を振り返ってみると、それはあると結論づけざるを得ない。少なくとも、人生が一回のみで、時間が戻ることがない以上。

あたしはコーヒーを飲む。かつてはミルで豆からを挽いていたが、最近はもっぱらインスタントのものをお湯で溶かすだけだ。砂糖もミルクも入れず、カップに入れたそれをあたしはのどに流しこむ。けれど落ち着きはただちに取り戻せない。良い豆とインスタントの味の違いもわからない舌で、口の中をぐるりと触った。気になる虫歯。

あたしは昨日の夢を思い出す。宇宙から地球を眺めている夢だ。あたしは小さな星の上に座り、遠くの地球をぼんやり見ている。そこは月ではなく、月よりもほんの少し遠い位置にある。奇妙なことに、夢の中のあたしは、今まさに目に映っている地球のどこかに自分がいることを確信しながら星の上に佇んでいる。本物のあたしが、本物のあたしを地球に捜している。そして、これも奇妙なことだが、夢から醒めたあとも、あれは夢ではなく本当の出来事なのだと、これは心の片隅でだが、やはり確信している。夢の中で、あたしは少し、息が苦しかった。

あたしは窓の外の空を見る。まだ夕方ではない。特にこれといって特徴のない、適当に雲が散らばる青空。グラデーションもない単色。ガラスの薄い汚れを少し気にしながら、脇腹を掻いた。

あたしはシャワーを浴びる。もちろん、服は脱いでいる。頭からかぶった熱いお湯が、髪を伝って頬や肩や胸に流れ落ちるのを感じる。シャワーから直接降り注ぐお湯と、髪を経由して滴るお湯は、種類が違うもののように思える。あたしは足の爪を見下ろしながら、指先で首の脈を触る。その瞬間、自分がものすごく間違っているという気持ちと、自分がものすごく正しいという気持ちが、くっきりとした球体の形を持って胸の奥の暗い空間に存在し、音を立ててぶつかり合っている光景が脳裏によぎった。ぶつかるたびに火花が生じ、それは赤い点になって体中に散らばっていった。あたしはシャワーを浴びながら、数時間前に取りこんだ、浴室の外に用意してある寝間着のことを思った。それを着てベッドに入れば、またあの夢を見るのだろうと確信した。あたしは奥歯を噛み締め、息を止めた。もちろん、自分で自分の息を止めて死んだ人なんて聞いたことないし、そんなことができるとも思っていない。というか、別に死にたいなんて思っていない。あたしは自分を幸福とも不幸とも思っていないし、好きとも嫌いとも思っていない。そんなことを考えなくても、ただ時間に沿って次の行動に移ることを継続してさえいけば、存在は可能なのだと思う。そうやって時間と共に流れていくごとに、あたしはなにかから遠ざかっていくような気もするけれど、それは気のせいだと思う。大きく息を吸いこむと、あたしの中の気管が、また勝手に呼吸を再開した。そして。

あたしはゆっくりと溶けていく。爪先から、膝頭から、肘から、指先から、あごから、つむじから、ゆっくりとお湯に流され、溶けていく。ただちにではなく、ゆっくりと時間をかけて溶けていく。溶けたあたしは乳白色で、けれど大量のお湯に混じってすぐに透明に変わって一緒に流れ落ちていく。あたしはうつむいたまま、排水口に吸いこまれていくあたしをぼんやり見ている。本物のあたしが、本物のあたしを眺めている。夢だとは別に思わない。夢かもしれないとは思う。夢でなくてもいいと思う。排水口へと自分が消えていくことを、取り返しのつかないことだとは感じない。あたしは気がつくと笑みを浮かべていて、幼い頃によく歌った童謡を口ずさんでいる。シャワーの水音は意識から消え、自分の歌うその童謡だけが頭の中に残っていく。あたしの体はゆっくりと溶けていく。ゆっくりと溶け続けていく。そして一回り二回りと小さくなりながら、あたしは全然、息が苦しくない。
posted by 晴居彗星 at 22:04| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

詩『天秤の問題』

すべては天秤の問題だった

「あなたとがいい」

僕はそれだけを聞きたかった
その一言だけで僕は
設計図を書き換えるペンを握れたかもしれない
もちろん あのときという瞬間は
もう あのときになってしまったけれど

選択が正しかったのかどうか
夜が来るたび揺れた

すべては天秤の問題だった

僕は僕の都合を考えていた
君は君の都合を考えていた
どちらかがどちらかの皿に乗ってはいけなかった
少なくとも諦めを持って乗ってはいけなかった
歓びを持って偏るか
そうでなければすべては釣り合わなければならなかった
或いは真ん中の柱に歩み寄る勇気を
僕と君は 持っていただろうか
反対側から歩いて来る相手の首の上に
僕は君の顔を見ていただろうか
君は僕の顔を見ていただろうか

「今が一番いいときだね」

あまりにも楽しすぎた時間の中で
あまりにも真実を突いた君の言葉を思い出す

すべては天秤の問題だった

思い出の重みに対する天秤の反対側

汚れた靴
散らかった部屋
曖昧な言葉
保証のない将来

君は時間をかけて
ゆっくりと天秤を振り切らせていたか

共に歩いた道
ぬくもりの部屋
安らいだ言葉
思い描いた未来

それらを軽々と吹き飛ばせる錘を
僕はアルコールの海から拾い上げている

一番いいのは
天秤を棄ててしまうことだ
もう少し あと少し
僕はその苦悩の狭間で揺れている
時間の波の揺れに 身を任せるだけだ
流れのままにいれば 自然に手から離れるだろうが

それにしても

君は気づいていただろうか
あの日
僕が新しい靴を履いていたことに
posted by 晴居彗星 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

詩『モノリスの手紙』

はじめまして、こんにちは。
今のみなさんには、おそらく、この手紙を読むことができないと思いますし、
そもそも「手紙」という概念すら無いと思いますが、
きっと、頭のよくなったみなさんの子孫が解読する日が来るであろうことを信じて、
すこしばかり、メッセージを残したいと思います。

今日はみなさんに、ささやかですが、プレゼントを差し上げたいと思います。
この手紙の文字が彫られている、みなさんの目の前にある物体がそれです。
突然、空から巨大な物体が落ちてきて、さぞかし驚かれたことと思います。
このプレゼントは、モノリスといいます。
一見すると、ただの黒くて巨大な板のように見えるかもしれませんが、
これは生物の、知的生命としての進化を促す装置です。
これにさわったみなさんは、みるみるうちに頭が良くなり、
火を扱ったり、道具を扱ったり、いわゆる文明を築く知性が目覚めるはずです。
言ってみればこれは、まだこれから大きくなる段階の、
われわれにとっては幼稚園児のようなみなさんに贈る、
形は違えど、ランドセルのようなものです。

実は、わたしがこうしてモノリスをお送りしようと思ったのは、
昨年の暮に、わたしの星の人間が、
みなさんの星へモノリスを寄付したというニュースを聞き、触発されたからなのです。
おそらく、今、世界のいたるところへ、わたくしと同じような人間が、
たくさんのモノリスを、みなさんの同種族の元へ、おくっていることと思います。
したがって、世界中にいるみなさんの仲間には、同時多発的に知性が芽生え、
ひいてはみなさんの星全体の文明の発展にも、つながることと思います。

われわれがこのような寄附行為に及んだのには、理由があります。
現在、われわれの星は、終末の時を迎えているのです。
手前味噌で恐縮ですが、われわれの星は限りなく高度に発達した文明を築きました。
しかし、その発展と引換に、幾度も繰り返された戦争や環境破壊などで、
気づけばわれわれの星は、荒廃の一歩手前まで来てしまいました。
つい先日、われわれの星を統治するマザーコンピュータが、
星の滅亡までの、決して長くない時間を予測計算し、カウントダウンを始めたところです。
自らの責任である以上、この星の人間たちにはもう、覚悟は出来ております。
しかし、せっかく築いた文明を無駄にしなくないという思いも、またあります。
そこでわれわれは、自分たちの文明を、まだこれから発展するであろう、
未来あるみなさんの星のために使おうと思いました。

このプレゼントがみなさんの元へ届くときには、もう、われわれは滅びているでしょう。
地球のみなさん。どうか、われわれのぶんまで、発展してください。
そして、どうか、われわれと同じ轍を踏まないことをお祈りします。
知性による発展を、正しくお使いいただきますよう、切に願っております。
このモノリスに詰め込んだ知性は、非常に少ないものですが、
みなさんとみなさんの子孫が、夢と希望をつかむ一助になればうれしいです。
子孫は星の宝です。
ぜひ、星を滅ぼすことなく、豊かな文明を築いてください。

タイガーマスク星より愛をこめて
二万光年を隔て直人より

posted by 晴居彗星 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月06日

詩『ナギのこと』

えっと、ナギっていう男の子の話なんですけど、
昔、僕、サラリーマンやってたんですけど、
港区の細い坂の上にある小さな会社で、風を作る仕事をしてたんですね。

あのー、風を作るのはなかなか難しい仕事で、
みなさんご存知のように、風は気圧の高いところから低いところに吹くわけですけど、
気圧が高ければ高いほど、強い風を吹かせることが出来るんですね。
風が強ければ強い方が、みんな喜ぶじゃないですか、
そのとき一番勢いのある風をみんな追いかけてるし、
それに乗ることで安心するし。
ぼくの会社や、他のライバル会社は、だから時代の空気を読みつつ、
東西南北四方八方、いろんなところから風を吹かせる。

だいたいいつも突風を吹かせるのが、電なんとかっていう会社とか、博報なんとかっていう大手で、常にたくさんの人を風に乗っけてて、
僕等の会社は弱小だったんで、基本的にはそよ風程度を、ほそぼそと吹かせるって感じだったんですけど。
ね、競争の激しい業界だし、危機感は持ってたんですけど。
これを打開するには、
ていうか、これは風を作る仕事をしている人の共通の夢だと思うんですけど、は、世界を巻き込むような突風を起こすことなんですね。
それは俗に「一大旋風」と呼ばれるものなんですけど。
どうしたらそんな一大旋風を起こせるような高気圧を創り上げることができるのか、
その頃の僕は毎日のように悩んでて。

で、その日も、朝からチーフにさんざん、いい企画出せって絞られてへろへろだったんで、
外回り行ってくるっつって、気分転換に散歩に出かけたんですね。
で、まあ、一歩会社の外にでれば、いつものように、たくさんの風が吹き荒れていて、
たくさんの人が、その風に乗って宙を舞ってる、
まあ、いつもの光景がそこにはあって。
たくさんの風を感じながらぶらぶら歩いているうちに、小さな公園を見つけたんですよ。

寂れた公園だったんですけど、あれ、こんなとこにこんな公園があったっけと思って、
これまた何気なく、その公園に一歩足を踏み入れた瞬間に、
ふっと、風が止んだんです。

不思議ですよね。
っていうのも、まあ、みなさんも都会よくいらしてるからわかると思いますけど、
いくら裏通りとはいえ、ここは都会の真ん中で、
風が吹かない場所があるなんて、考えられないじゃないですか。
僕みたいな仕事してると余計にそうで、
だからそれは、久しぶりに感じた風のない感触、っていうのも変ですけど、で。
ふわふわした気分のままふと前を見ると、
ブランコに、ひとりの男の子がいることに気づきました。
それが、ナギでした。

……今、ナギがどんな顔をしていたのか、どんな服を着ていたのか、
思い出そうとしているんですけど、思い出せません。
そのぐらい、彼は、存在感の希薄な少年でした。
口数の少ないその少年について、僕にわかったことは二つ。

ひとつは、その子がナギという名前であること。
もうひとつは、その子が、風を必要としない体質であること。

どんな強い風が吹いてきても、ナギのいるこの公園まで来ると、
ふっ、と止んでしまうのです。
それは本当に不思議な力でした、
この時代、この都会に生きていて、
ナギのように風に乗らずに生き抜くことはほとんど不可能なはずでした。
老若男女問わず、風に乗らなければ生きていけないのがこの時代でした。
けれど、ナギは、ひとり静かに、そこにいるだけだったのでした。

僕はなんだか、ナギのいるその公園が心地よくて、
それから僕は、昼下がりにその公園に行くのが日課になっていました。
いつ行ってもナギはいて、黙って僕のとなりに佇んでいました。
その静かな時間は、僕のつかの間の休息になりました。

ただ、ね。
僕も、残念ながらオトナだったので、
やはりこう、仕事というリアルにどんどん心が追い詰められていて。
上司からのプレッシャーも大きくなって、
なんでもいいから何か風の企画を出せと詰め寄られたときに、
ふっと頭に浮かんだのが、ナギのことでした。
僕がナギのことを話すと、すぐに上司は「明日企画書を出せ」と言ってきました。
僕はそれに従いました。
薄々、僕も感じていたんです、「ナギはネタになる」と。
僕が徹夜で描いた企画書は、満場一致で会議を通り、
社を挙げてのプロジェクトが始まりました。

「都会の奇跡・ぼくに風はいらない」
それが、僕等のプロジェクトのキャッチコピーでした。
やったことは単純です。ぼくらは、ナギの存在を世間に宣伝しただけです。
たくさんの風で吹き荒れる今、風を必要としない少年は、逆に注目をあびるだろう。
それが、新しい「風」になるのではないかと、ぼくは踏んだのです。
プロジェクト開始直後の僕や会社の仕事ぶりについては省略して、
結果をいえば、それは、当たりました。
未曾有の大当たりでした。

ポイントは、僕等が風を起こすのではなく、
世界中の風を集めて、ひとつの大きな風にまとめあげたという点です。
つまり逆転の発想で、最初に言いましたよね、風は、高気圧から低気圧に流れる。
けれど、最初から高気圧を作るのでは限界がある、
だから、ナギという、風の存在しない低気圧を世間にアピールすることで、
世界中の熱い風を、そこに流し込むことにしたのです。

世界中の誰もがナギに注目しました。
ナギの存在、ナギの「風に乗らない」という生き方に注目しました。
ナギ自身は何もかわらずそこにいるだけです。
ナギは風をシャットアウトしますから。
だけど、ナギの周囲にぐるぐるとものすごい風が毎日吹きすさんでいました、
日を追うごとに、その風は拡大していきました、
風のないナギと、その周囲の激しい嵐。
これが何を意味するかわかりますよね。

台風です。
僕等はナギの存在を世間に知らしめることで、
巨大な台風を作り上げることに成功したんですよ。
ナギの台風はみるみるうちに巨大になっていきました、
世界を包み込んでいきました、
世界を破壊していきました、
そして人々はその破壊に熱狂しました、
熱狂しながら台風に飲み込まれていきました、
それは、まさに、僕の望んだ、一大旋風でした。

もちろん会社は大喜びです。
だけど、僕の心は後悔でいっぱいでした。
ナギのことがただただ気がかりでした。
だけど、もう、僕にはどうすることも出来ませんでした。
もう、台風は、僕の手にはおえないほど巨大になっていたし、
あまりにも激しい風がまわりを取り巻いていたので、
だれも、その公園の中には入れなかったからです。
その台風に乗っていた人の話によると、
ナギはブランコにうずくまりながら、ゆっくりと衰弱していったといいます。

やがて、破壊の限りを尽くした台風は、
ナギが衰弱したからなのか、
それとも、世の中がナギに興味を失ったのか、
だんだん小さくなっていきました。
ひとつ、またひとつと風が消えて、風は元の状態に戻りました。
ぼくがやっと公園の中に入れたときには、
ナギはもう、ほとんど消えかかっていました。

何も言えずにただおろおろとその体を抱きかかえるだけの僕に、ナギはこう言いました。

「ぼく、嬉しかったよ。みんなが、ぼくのこと、思い出してくれて」

それが最後の言葉でした。
その言葉の意味を理解する前に、ナギは、ゆっくりと消えていきました。
空は、台風一過の青空で、悲しいほど澄み切っていて、
やがて、公園の中に、風が吹き始めて、
僕は身動きもせず、夜までずっと、そこにうずくまって泣いていました。

あれからすぐ、僕は会社をやめたわけですけど、
恐るべきことに、あれだけ破壊の限りを尽くされたはずの世界は、
あっという間に、何事もなかったかのように復興しました。
世界には相変わらず、いろんな風が吹いて、たくさんの人がそれに乗って飛び回ってます。
誰もナギのことなど、思い出しません。
そういうものだと思います。

もしも、あなたが、いつか都会の片隅で、
風も吹かないしずかな公園を見つけて、そこに、少年がいたら、
それが、ナギです。
もしも、ナギと出会ったなら、
僕が会いたがっていたと、伝えてくれると嬉しいです。
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2010年12月05日

詩『無題』

僕は小さな小さな小さな小さな小さな小さな部屋で青色吐息
呼吸を虚空を孤空を吸い込みながら吐き出しながら

足 のサイズと 靴 のサイズに苛立ちながら

耳鳴りが反響するから 胸 その旨また後日的なアレ
(それあかんやろ)

今は忌々でも忌も今だから
わかってるならわかってるんじゃねえのこいつも

なんでもないなんでもないなんでもなんでもなんでもない自分を
どうどうどうどうどうにかするのはなんでもをどうにかに変えるしかないし
変えるっていうか変えていけっていう話

昔々あるところに世界というのがありました、
という物語の中に自分がいるかどうかっていうのはともかくとして、

昔々あるところに僕がいました

ぐらいのエピソードは自分で物語れるように
それなりに面白く

こどもが安らかに眠れるぐらいのエピソードには

僕は小さな小さな小さな小さな小さな小さな部屋で物思いにふける
posted by 晴居彗星 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

JET POETでの朗読映像

どうも、放置しすぎてました。

さて、先月の終わりに原宿JET POETで行った朗読の映像です。
いやー、もう、自分的には恥ずかしくて観ちゃおれんのですが、放った言葉は戻らないということで、まあ、潔く皆さんにも見て頂ければなと。音楽とコラボは難しいものです。


『脱出』『待ち合わせ』


『のどの骨』


『はやぶさ』



どう見てもテンパッてますね。
『はやぶさ』は、声に出して読むならもうちょっと短くても良かったかもしれないですね。あの音楽の雰囲気には、実はだらだら喋りスタイルよりも『のどの骨』みたいなものの方がしっくり来るのかも。つうか全体的にこの人、噛みすぎじゃね?

ちなみに冒頭で「どうも無敗の男です」とかほざいているのは、僕の出番直前に、主催のZULUさんが詩ボクに絡めてそういう紹介をしてくれたのに対してノっかったわけですが、よく考えて見れば前回の全国大会で2回戦で終わったので、正確には「無敗『だった』男」でした。

まあとにかく、ハロウィンにも関わらずそれにちなんだ演目もやらないKYでしたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます。
posted by 晴居彗星 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

詩『はやぶさ』

はやぶさ。僕は、今でもときどき、君のことを考える。

アポロ群に属する小惑星イトカワの観測と物質のサンプルリターン。
それが君に課せられた、ぼくらからの「おつかい」だった。
最初で、そして、最後のおつかい。
僕らが君に持たせたものは、ささやかなシステムと、ほんの少しの燃料だった。

2003年5月9日13時29分25秒、君は地上から旅立った。
それから地球の軌道の上をぐるりと回り、
1年後の2004年5月、地球の引力を借りて助走をつけた君は、
そこからさらに1年をかけて、イトカワを目指して旅を始めた。
旅は順調だった、けれどそれは孤独な旅だった、
君はたったひとり、まっすぐ、静かな宇宙の中を進んでいった、
2005年2月、イオンエンジン搭載機として世界で最も太陽から遠くに到達し、
7月にはイトカワの姿を捉え、
9月12日、打ち上げから2年を経て、君はようやく、イトカワに到達した。
けれど、君がイトカワを見つめている頃、
僕らのほとんどは、きみの見た景色を見ることは無かった。
2005年といえば、
スマトラ島沖地震で死者1000人を超え、
北京では反日デモが10000人、
北朝鮮は日本海に向けて地対艦ミサイルを発射し、
ロンドンでは同時爆破テロがあり、
ヨハネ・パウロ二世が死んでベネディクト十六世がローマ法王に就任し、
ハリケーン「カトリーナ」がフロリダ州に上陸、
地球は、相変わらずで相変わらずだった。
ぼくらは20億キロ先の小惑星よりも、
地上のゴタゴタで精一杯だった。
君がひとり孤独に、小惑星に挑んでいたことなんて、
僕らはすっかり忘れてしまっていたんだ。

わずか30分。
それが、2年かけてたどりついた君が、イトカワに着陸していた時間だった。
ふるさとから遠く離れた小惑星イトカワ、
20億キロの旅の果てにたどりついたその星は、
砂と岩の他にはなにもない、ラッコ型の、小さな小さな星だった。
人も、街も、草花も、音一つない小さな星の上で、君は何を思ったのだろう。
夢にまで見た星のあまりの寂寞と、
宇宙の片隅のあまりの静寂の中で、
遠く離れた地球のことを思い出していたのだろうか。

けれど、はやぶさ、君が本当に孤独だったのは、ここからだった。
イトカワからの離陸後、しばらく上空を漂っていた君は、
疲れ果て、エンジンが切れ、燃料が漏れ、地球との通信が途絶えた。
その瞬間、君は本当の意味で、ひとりぼっちになった。

でも、はやぶさ、ぼくは知っている。
君があの時、実は自分の意志で、通信を切ったのだということを。
君は、地球との通信を遮断することで、
孤独よりももっと孤独な、虚無を、知ろうとしたことを。
そうやって宇宙との一体を味わいながらきみは、
自分が生まれてきた意味を、静かに考え続けていたことを。
小惑星のかけらを拾って、地球に送り届ける。
それが君が生まれてきた理由だった。 
地球に帰れば、自分は燃え尽きてしまうことを、君は知っていたはずだった。
地球への旅は、文字通り、死への旅だった。
その死の虚無を、君は宇宙の虚無の中で、想像していた。
孤独に耐えて、自分が到達した、小さな惑星の上空で。

はやぶさ。君は、地球に帰らないという選択肢もあったはずだった。
なにもむざむざと死を選ぶことはなかった。
このまま、太陽電池が朽ち果てるまで、宇宙にとどまることも出来た。
だけど、年が明けた2006年、君は、決意した。
故郷である、地球に帰って、燃え尽きて死ぬことを。
生みの親である、僕らとの約束を果たすことを。

通信を回復させた君は、時間をかけてゆっくりと体力をたくわえ、
1年後の2007年4月、君は、地球へと進み始めた。
君を送り出した、僕らの当初の予定からは2年も遅れていたけど、
君は大きくまわり道をしながら、最後の景色を目に焼き付けていった。
広い宇宙。たくさんの星のきらめきと、吸い込まれそうな暗闇を進んでいき、
君の打ち上げから、もう7年が経とうとしていた。
2006年、イラクでフセイン政権が崩壊し、
2007年、ミャンマーでは反政府デモがあり、
2008年、リーマン・ショックが世界中に波を広げ、
2009年、ブッシュに変わってオバマが大統領になった。
そんなふうに、1年を1行では済ませられないほど、
地球は相変わらずで相変わらずだった。
帰還の旅の中で、君は満身創痍だった。
姿勢制御装置の故障、化学エンジンの燃料漏れ、
電池切れ、通信途絶、イオンエンジンの停止、
幾つものトラブルを抱えながら、君は地球を目指していた。
エンジンやコンピューターに傷をかかえ、
バッテリーも放電して太陽電池でどうにか足を進めた君は、
それでもゆっくりと、ふるさとへと近づいていった。
近づけば近づくほど、君の死も近づいていった。

2010年、君が60億キロの旅から帰ったとき、
僕らはちょうど、ワールドカップに夢中だった。
国と国とが芝生の上でぶつかり合う姿に世界中が熱狂していた。
あらゆる国旗がゆらめき、あらゆる国歌が響き渡っていた。
異文化が同士が肩を組みあう、スタジアムのお祭り騒ぎの外で、
はやぶさ、君はたったひとり、
すべての国とは関係のない、地球の外の、静かな場所にいた。
君は地球のすぐそばで、恥ずかしそうに、僕らに背中を向けたまま浮かんでいた。

6月13日、19時54分。
君はおみやげをつめこんだカプセルを僕らに届けてくれた。
そこに入っていたのは、ささやかな微粒子と、宇宙のにおいだった。
そのときになってようやくだった、
僕らの多くが、君のことを初めて知ったのは。
けれど、カプセルを切り離した君は、あとはもう、燃え尽きるだけだった。
君からのプレゼントと引き換えに、
僕たちが君のために出来たことといえば、
背中を向けていた君を、ゆっくりと動かして、
これから燃え尽きようとする君に、
七年ぶりに、地球の姿を、最後に見せてあげることだけだった。
体もふらついて、朦朧とする君の目は、
もうかすんで、なかなか焦点もあわなかったけど、
君は最後に、たしかに、地球の姿をとらえていた。
そして優しい君が、その風景を僕らに届けてくれたその瞬間、
22時51分。通信の途絶えた君は、大気圏に突入して、燃え尽きた。

僕らは燃えていく君に、「おかえり」と言うことしか出来なかった。
7年間も君のことを忘れていた僕らの、はっきり言って、それはエゴだった。
だけどはやぶさ、君は確かに、僕らひとりひとりに語りかけてくれた。
「ただいま。遅くなってごめんね」
それは、寂しそうで、恥ずかしそうで、けれど、誇らしそうな声だった。

ねえ、はやぶさ。
7年ぶりに見た地球は、美しかった?
7年ぶりに目にした地球に、国境は見えただろうか?

君が持ち帰った、その宇宙のかけらを、
僕らは眼の色変えて調べているけど、
はやぶさ、君が見た宇宙の景色は、君しか知らない。
君が宇宙の中で感じた虚無は、君しか知らない。
はやぶさ、僕は知っている。
地球を旅立った、7年前のあの日。
君は「行ってきます」と同時に、「さよなら」を言ったんだろうって。
その「さよなら」は、地球へのさよならであると同時に、
あらゆる国境への「さよなら」だった。
約137億年前、かつて、すべてはたった一つの点だった。
その一点から膨張してふくらんでいった、この宇宙の旅を終え、
大気圏の中で炎に包まれていった君は、
自分が再び、その点に帰すことを、感じ取っていたのかもしれない。

はやぶさ、ぼくらは今でも、相変わらずで相変わらずだ。
けれど、そんな僕らもいつか、その一点に帰していく。
もしかしたらそのとき、ほんの少しだけど、
君が見た宇宙の景色を、僕らも見ることが出来るかもしれない。

はやぶさ、僕らはまだ、自分のおつかいの旅の途中だ。
僕らはまだ、歩き続けるよ。
いつか君と同じ点に帰して、
君に「おかえり」といってもらえる、その日まで。
posted by 晴居彗星 at 23:12| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月21日

詩『カイコ』

不安な気持ちって、体の中でよじれて、糸になるんですよね、
それが溜息と一緒に口からどんどん吐き出されていくから、
いつのまにか僕はその中に包まれて、こうして蚕になってるわけですけど。

でも、この繭の中の暗闇って、落ち着くんですよね。
なにしろ僕、回顧なので、思い出に生きてるんで、
だからこうして、糸で作ったスクリーンに、
楽しかった思い出を延々と映して観て、毎日過ごしてるんですよ。
あの頃の教室、あの頃の街並、あの頃の友達、あの頃の夢、
あの頃はあの頃でいろいろあったんでしょうけど、
こうして映画になったあの頃は、やたら美しく演出されてて、
昔を振り返ってばかりいるこの頃とは、別世界です。

大人になったからって、空を飛ぶ必要なんて無いと思うんですよ。
なにしろ僕、蚕なので、外に出たって、なれるのはせいぜい、……ね。
別になりたくもないし。
だけど、ピシッ、ピシッ、と、繭にヒビが入っていって、
その破滅の音に僕はビビってるんですけど、
ビビってるあいだも確実に日々は過ぎるし、
このヒビもどんどん広がっていって、
後戻り出来ない冷たい空気が、外から入り込んできます。

未来を思うと、正直、肩の荷が重いです。
ていうか、本当に重いです。
僕の背中には、折りたたまれた羽根が、いつのまにか出来ているので。

いつか、これを広げる日が、来るんですかね。
今は全然、飛べる気とかしないんですけど。

空って、広いんですかね。
そこから見える明日って、僕の思い出より、美しいんですかね。
posted by 晴居彗星 at 09:37| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

詩『待ち合わせ』

あのー、なにしろ、生まれて初めてのデートだったんで、
僕、もう、舞い上がっちゃって、
待ち合わせの一時間前から、渋谷のハチ公の前で、あの子を待ってたんですよ。

で、もう僕的には、その、待ってる時間っていうのが、めちゃめちゃ楽しくて、
すっごいドキドキしながら、
あの子が来たら、まずあそこ行って、であそこでごはん食べて、それで……って、
徹夜で考えたデートプランの復習とか、ぐるぐるぐるぐるしてたら、
あっというまに時間が経って、
気がつくと、あたりはいつのまにか、夜になっちゃって、
あの子は結局、来なくて。

でも、あの子に限って、連絡無しで約束破るとかありえないじゃないですか。
……まあ、番号もアドレスも知らないんですけどね。
とにかく、僕にとっては、たったひとつの、大事な約束だから、
僕はそれからも、ずっと、そこで待ってたんですよ、
待つのは全然楽しかったですから、一年や十年なんて一瞬で、
あの子のことをずーっと考えて、ずーっと想い続けてるうちに、
気がついたらこうして、一億年、経っちゃってました。

まあ、とりあえず、ハチ公の記録はとっくに抜いたという。
まあ、ハチ公とかとっくに無いんですけどね、
渋谷とかとっくに無いんですけどね、
そのころには世界中、砂漠になっちゃってましたから、
ていうか僕も、化石になっちゃってましたから。

だんだん、体が風化していって、砂漠に広がっていくうちに、
僕は偶然、一億年ぶりに、見つけちゃいました。
男の人と仲良く手をつないで、化石になってたあの子を。

壮大な失恋でしたね。

いやー、でも、この一億年間、本当に幸せだったんですよ、
ホント、あっというまで。
いい夢だったなあって思った瞬間、強い風が吹いたんで、
僕、空に、舞い上がっちゃって……

静かに散っていきながら僕は、その二つの化石に言いました。
「末永く、お幸せに」
posted by 晴居彗星 at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

詩『ゲンジツ』

あのー、僕、ずいぶん前から、とある怪獣に追われてまして、
もう、そいつに捕まったが最後、飲みこまれて消化されちゃうんで、
だから必死に逃げてるんですけど。

怪獣の名前は「ゲンジツ」っていうんですよ。
もう「ゲンジツ」って響きからして、濁音ばっかりで妙に怖いんですけど、
その姿も怖いんですよね、まともに直視できないぐらい。
でも、そのゲンジツが、最近ピンポイントで僕に照準合わせてきてるんですよ。

僕、今24歳なんですけど、
僕の友達とか、みんな、二十歳超えたあたりで、
大体そいつに飲みこまれて、ドロドロになっちゃってて。
ギリギリまでギターとか振り回しながら戦ってたやつも、
「そろそろ潮時かな」とか言って逃げるのあきらめて、
自分からその怪獣の口の中に飛び込みに行っちゃったりしてて。
僕は、まだ、なんとか、逃げてるんですけど、
ゲンジツはいつも僕にまとわりついてくるんですよ、
すんごい嫌な臭いするんですよ、なんか「生活臭」がするんですよ、
睨みつけるその視線は冷たい「世間の目」だし、
ホント、くじけそうになるんですよ。

ていうか、みんな、逃げてるぼくのことをバカにするんですよ、
逃避してるとかいって、
早いところ自分から飲まれちゃわないと、
タイミング逃すと、あとあと困るのはお前だ、とか言われてて。
まあ確かに、逃げ続けるわけにもいかないんで、
最終的には、その怪獣と向き合わざるを得ないのはわかってます。
でもゲンジツはあまりにも巨大で、
まともに戦っても勝ち目はなさそうだし、
でも消化されたくはないし、

だから、僕、最近、覚悟を決めたんですよ。
呑み込まれてもいい。ただし、絶対に、溶かされない。
そのために、自分の中に、今のこの気持ち、信念とか、
見たものとか聞いたものとか、とにかく何もかもを、
ぎゅうぎゅうにぎゅうぎゅうに詰め込んで、
自分を消化不良な存在にして、
何度でも、あいつの肛門から出てやるって。

そうやってゲンジツの肛門から出てきた僕は、
きっと、むちゃくちゃ臭いと思うんですけど、
でもそれが、今の僕の、青臭さなんです。
posted by 晴居彗星 at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月12日

詩『遠ざかる』

みんなが遠くへ行ってしまった、
みんなが僕から遠くへ行ってしまった、
ねえ、どこに行くんだい、
僕はまだここにいたいのに、

僕は追いかけようとする、
けれど、足が進まない、
僕は沼に胸まで浸かっている、
手を伸ばすことは出来ても届かないんだ、
みんなのいるところまで、

しかたがないよとあいつが言う、
普通なことよとあの子も言う、
あの頃はあの頃、今は今、
こうなることは最初から織り込み済みだと、
口を揃えてみんなが言う、

僕の両手は耳をふさぐことは出来る、
僕の両手は目をふさぐことは出来る、
そんなことをするために使うものじゃない、
そんなことはわかっている、

空を見る、体は動かなくとも頭は働く、
どんよりした雲ばかりが世界を覆っている、
降りそうで降らない雨、
いっそのこと降ってくれたらいいのに、
そして世界を僕ごと沈めてくれたらいいのに、
そうすれば僕は胎児に戻り、延々と夢を見続けるだろう、

見続けるものじゃないんだよとあいつが言う、
忘れるものなんだよとあの子が言う、
そうするべきなのは当たり前だと、
口を揃えてみんなが言う、

受け入れないことは自由だ、
けれど飢えていくのは実情だ、
やせ細る腕からは力が抜けていく、
足元の感覚は無く、僕がいるかどうかもわからない、

わからない、どうしてみんなそんなにも、
そんなにもあっさりと、遠くへと、遠くへと、

いや、遠ざかっているのは僕の方かもしれない。
僕はじっとここに立ち尽くしたまま、
みんなからゆっくり、遠ざかっている……
動かせるはずの足を、動かさずにいる……
posted by 晴居彗星 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

詩『不在の今』

まぼろしが熔けていく
染みこんで 広がっていく
つかめそうでつかめない
見えていても見えていない

やさしい言葉ばかりに耳を貸してしまう
きびしい言葉ばかりに耳を塞いでしまう

かつて輝いてた時間がいつのまにか
足元にある 淀んだ沼のように

繰り返す 何度も よみがえるだけ
ふりかえるだけ 何度も 読み直す

ここにいても どこにいても
ここにいないよ どこにもいないよ
僕なんてまぼろし か弱いまぼろし
すれちがう何もかも 僕を通り抜けるんだ

つかめそうでつかめない
見えていても見えていない

あまりにも足りない
存在
実在
現在
不在の今から風を待っているだけ
posted by 晴居彗星 at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

詩『明日から暗日へ』

僕の頭は前後逆についているので、
僕の目からは後ろしか見えません。
それが悲しいかと言うとそんなこともなく、
特に前が見たいわけでもないので、僕はこれでいいのです。

足は前後ふつうについているので、
歩くときは前に進みます。
後ろ向きについている僕の顔からすれば、
それは後ろへ進んでいるのと同じですが、
僕の見ている後ろが遠ざかっていくのが見えます。
確かに前に進んでいるのだと僕は思います。
そして僕はそれがとても悲しいです。

なぜなら、僕の目に映る後ろの景色は、
それはそれは素晴らしいからです。
美しくて楽しくて優しくて幸福感に満ちているからです。
一方で、僕の体が足を踏み入れようとしている前は、
まあ、見えていないので正確なことは言えませんが、
少なくとも後ろ髪に感じる空気はとても不穏で、
ぞわぞわぞわっと、うなじに鳥肌が立ちます。
後ろの世界がどんどん遠ざかり、
得体の知れない前の世界へと近づいていくのが、
正直、怖くてなりません。

「あした」というのは「明日」と書くようです。
僕は「明日」を「きのう」と読みます。
そしてかわりに、「暗日」と書いて「あした」と読みます。
なにしろ、何も見えませんから。
何もわからなくて、何が待っているのか、想像もつきませんから。

これはあくまでも妄想ですが、
この見えない後頭部の先には、
不気味で巨大な魔物が待ち受けているのではないでしょうか。
大口開けて、ちょうど、僕の足が進んでいく道の先に、
舌をでろりと出して、僕が入っていくのを持っているのではないでしょうか。
そうだとするならば、それはおそろしいことです。
けれど僕は歩みを止めることはできません。
なぜなら、歩みを止めてしまうと死んでしまうからです。
それに、その魔物はあくまでも僕の妄想なのですから、
なにしろ、僕には前が見えていないのですから、
本当のことはなにもわからないのですから、
ただその妄想を必死に振り落としながら、
遠ざかる後ろを見つめ続けることしか出来ません。

ああ、ぼくの「明日」が遠ざかっていく。
美しい「明日」が遠ざかっていく。
ずっと「明日」にいられたらいいのに。
そう思いながら、僕は着実に「暗日」に近づいていきます。

首をひねって、前を見れば、すべてははっきりするのでしょう。
けれどそんなこと、とてもじゃないけどできません。
僕はひたすら「明日」だけを見つめています。
どっちにしても、時間が経てば、僕は「暗日」の中に入るのですから。

どうか「暗日」が、美しい「明日」になりますように。
僕のかすかな希望は、そこにのみ、かかっています。
どうか魔物なんておらず、そこには光が満ちていますように。
後ろを向きながら、僕はそう祈り続けます。
posted by 晴居彗星 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

詩『ある不器用なラブレター』

ねえ、昨日もきみの夢を観たよ。

なにをしていたのかは覚えていない、どこにいたのかも覚えていない、たぶん、すごく普通のことをしてたんだと思う、いつも会うときみたいに、お喋りしたりじゃれ合ったり、並んでどこかへごはんを食べに行ったり、そんなことをしてたような気がする。

きみの夢を観ない夜なんて無い。

夢自体を覚えてない日もあるし、朝起きて頭に残ってる光景にきみの姿が無いこともある、でもきっとぼくは夢の中のどこかの時間で、きみに会っていた、そう思う。

そんなとき、ぼくは、きみがぼくという存在の一部になっていることに気付く。

きみはいつもぼくの目を見て「ねえ」と言う、そしてぼくの名前を呼んでくれる、その声がぼくはとても好きで、きみが「ねえ」という短い言葉を発するとき、きみの意識がぼくの方向へむかう、そのやわらかい矢印を感じる。

きみはいつでも、まっすぐだ。

ねえ、きみはぼくのどうしようもないところや駄目なところをいっぱい見てるから、ぼくの嫌いなところをいっぱい見つけちゃってるだろうけど、ぼくはきみに嫌いなところなんてひとつも無いんだ、一瞬もきみを嫌いになったことなんてないんだ、きみはすごくシンプルで、テロみたいに泣いて現れたり、漠然とした未来を不安がったり、そして赤く泣きはらした顔で「おなかすいちゃった」と言って笑う、そのシンプルさがぼくはすごくいとおしくて、だからずっとそのままでいてほしいと思う。

きみが占めるぼくの一部は、もう既に、大部分だ。

ねえ、ぼく、自分が死ぬのは別に悲しくなくて、悲しいのはいつもきみが死んじゃうことを考えるときだ、きみが死んじゃうことを想像するとすぐに涙がこみ上げてくる、きみが死んじゃうことを想像するだけでぼくの人生もそこで終わる気がする、たとえばもうきみをギュッとすることが出来なくて、きみのにおいを嗅ぐこともできなくて、きみの「ねえ」が聴けなくなるときが来ちゃうと思うと、それだけで簡単に絶望できる。

ぼくはいつもきみを触りたい、抱きしめたいと思っている。

ねえ、きみのおなかにぼくのほっぺたをくっつけてね、それできみの体温とか、汗のぺたつきとか、呼吸を感じるとね、ぼく、うれしいなあって思うんだ、それできみがぼくの髪を触ってくれると安心する、ぼくじゃない命がたしかにそこに存在していて、その命がぼくを好きだと言ってくれてるのが本当にすごいと思う、ぼくの耳にきみの心臓のドクンドクンが聴こえてきてね、それがぼくのドクンドクンと重なるとき、ほかのものはもう、何も存在していない。

生きてるきみと、生きてるぼく。

ねえ、きみと会うとき、今でもぼくは、きみと最初にキスした日のことを思い出すんだよ、昨日のことみたいに覚えてる、あのとき、ぼくが「キスしていい?」って訊いたら、きみは恥ずかしそうに頷いて、口に口を近づけるとき、ぼくはすごくドキドキしてて、これでぼくときみは「ともだち」から「『かれし』と『かのじょ』」になるんだと思って、真っ白な雪の中に足を踏み入れるように、ぼくは震えそうになったんだ、その幸せは何年か経った今でもずっと続いててね、本当にびっくりするほど、ぼくは今でもずっと、あの日に立ち続けているんだよ、もうね、若干、引くぐらい、ぼくは惹かれ続けてる、きみに。

ねえ、だからね、ぼくはいつも、世界にきみを感じているんだ。
posted by 晴居彗星 at 22:17| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

詩『のどの骨』

朝ご飯の魚の骨が、のどに刺さって取れなくなりました。
お母さんが、
「ご飯を噛まずに飲み込めば取れるわよ」
と言ったので、
僕はご飯を噛まずに呑み込んだんですが、
骨はもっと奥深くに突き刺さったようでした。

食事を済ませた僕は、
歯を磨いて、服を着替えて、
学校に出かけたのですが、
刺さった骨の感覚が、いつまでものどにあるので、
なんだか落ち着きませんでした。
友達としゃべっていても、
授業中も、休み時間も、
掃除の時間も、部活のあいだも、
いつまでも残るのどの骨、
いつまでも残る違和感、
いつまでも残る異物感、
いつまでも残る不安感で、
まったく落ち着きませんでした。

家に帰り、ご飯を食べて、
もちろんそのときも何度もご飯を丸呑みしたんだけど、
やっぱり骨は取れなくて、
居心地の悪いまま、夜になって、
ふとんに入り、ぼくは目を閉じました。
やがて、夢を見始めた、ぼくののどの中で、
突き刺さったままの魚の骨は、
ゆっくりと、成長を始めたのでした。

夢で、ぼくは深い海の中にいて、
目の前を大きな魚がゆらゆらと泳いでいました。
僕は魚に言いました。
「ねえ、きみの骨、ずっとのどに刺さって取れないんだ」
すると魚は答えました、
「それは、俺の骨じゃないよ」
そして魚はしっぽをゆらゆらさせながら、暗い海に消えていきました、
ゆらゆらゆらゆら、
世界がゆらゆらゆらゆら、
僕もゆらゆらゆらゆら、
ゆらゆらゆらゆらした気持ちのまま、僕は目を覚ましました。

目を覚ました僕は、
あれ、
と思いました、
あれ、僕、ここに、いるよな、いるかな、いるよな、いるかな、
その不安が強くなるごとに、のどもちくちく痛みました、
まるで世界の中心がのどの中にあるようでした、
僕は病院に行くことにしました、
病院に向かって街を歩く、
街の空気、人の会話、視線、騒音、
すべてのものが僕に突き刺さるようでした、
遠くの風景は写真に見えました、
近くのものはジオラマに見えました、
建物はレゴに見えました、
道行く車はプラモデルに見えました、
道行く人は人形に見えました、
見えるものすべてがまるで現実感がなく、
その非現実感が僕に突き刺さるようでした。

病院で撮ったレントゲンを見て、僕は驚きました。
そこには、僕の骨が映っていなったのです。
真っ黒な影だけが人の形をなしていて、
よく見ると、のどのあたりに小さくぽつんと、
針のように刺さったとげ。
そしてそれを拡大してみると、
それが、小さな、僕だったのです。

のどに刺さっている小さな骨、
それは、僕自身でした。
僕ののどには、僕の骨が刺さっていたのでした。
ぼくはようやくわかりました。
気がつく前からずっと、
産まれる前からずっと、
ぼくののどには、ぼくの骨が、刺さったままなのだ。
僕がこの世界に存在しているという違和感を、
まだ僕は飲み込めずにいるんだ。
気づいていなかっただけで、
それはずっと、ぼくののどにあったのでした。

のどに残る違和感、
のどに残る異物感、
のどに残る不安感、
それはすなわち、
僕が世界にいる違和感、
僕が世界にいる異物感、
僕が世界にいる不安感、
だったのです。

レントゲンにうつるぼくの影は、
まるで、無限に広がる宇宙空間のようでした。
その真ん中、のどの奥にぽつんと刺さる、
小さな小さな僕。

ぼくらはみんな、世界ののどの奥にいるんだな、
と、僕は思いました。
ぼくらはみんな、世界に突き刺さっている骨なんだな、
と、僕は思いました。

突然、命を与えられ、
突然、世界の口に放り込まれて、
そのまま僕は、この世界の空気の中に、突き刺さって、
突き刺さって、突き刺さったまま、
今までずっと、生きていたんだな、
という、忘れていた不思議を、ぼくは思い出しました。

自分が世界に存在しているという、この事実を、
ぼくは、飲み込むことができるだろうか。

のどの痛みを感じなくなったとき、
もしかしたらそのときはもう、
僕は世界に、存在していないのかもしれません。
posted by 晴居彗星 at 18:34| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

詩『苦い夜』

そのー、なんていうか、
苦い夜が、世界を包み込んじゃってて、
僕はなんだかもう、泣きそうになっちゃってて、
ていうか、すでにちょっと泣いちゃってて、
……男のくせに、ね。

男のくせに、とあの子は最後に言い捨てました、
ガムみたいに吐き捨てました、
僕はそのガムに、ネチョッと足を取られて、
すっころんで、いててて、顔を上げたときには、
君はもう、いなくなってて、ちゃんちゃん、みたいな。
──みたいなじゃねえし。

僕は、この数十分間の会話と周囲の視線の温度によって、
すっかり冷めきったコーヒーをのぞきこむことしかできませんでした。
真っ黒なコーヒーカップの中には、
ブラックホールがぐるぐる渦巻いてました。
うつむいた僕は、それをじーっと見つめてました、
じーっと見つめてました、じーっと見つめているうちに、
僕はそのブラックホールに吸い込まれていっちゃって、
気がつくとこんな、苦い夜の底に、今、いて。

もうね、
このまま、溶けてしまいたいと思いました。
だから僕はじーっとうずくまって、
じーっと身動きもせず、じーっと縮こまって、
目を閉じてたんすけど、け、ど、
まぶたの裏のコーヒーは、なんだかしらないけど、
バカみたいに豆をブレンドしてありやがって、
そのバカみたいな豆の中では、
バカみたいな顔をしながら、
君が笑ってて、
僕も笑ってて、
バカみたいに笑ってて、
なに笑ってんだろうねうちら、
とか言いながら、君はまた笑ってて、
そんな豆を未練たらしく熟成させてる自分とか言って、
マジ、で、バカ、みたいな。
──みたいなじゃねえし。

宇宙みたいに膨張しつつあった、
キャラメルマキアート(笑)みたいな日々も、
収縮するのは一瞬だったね。
だけどさ、でもさ、収縮したからよけいにさ、
ぎゅうぎゅうになった思い出のブラックホールが、
苦くてもう、ね、エスプレッソ(なんつって)。

あのー。ですね。
もしも、神様的なひとがいるとしたらね。
どうか、空から角砂糖を落としてくれませんかね。
立方体の白い星を、このブラックホールに落としてくれって、
ひとつでいいから落としてくれって、
カケラでもいいから落としてくれって、
ぼくのところに、落としてくれって。

ほんの微糖でもいい、
すべてを忘れさせてくれるような甘さを、
なんの深みもなくなった僕の人生に、
なんのコクもなくなった僕の人生に、
そんな酷な僕の人生に、
彼女の吐き捨てた、最後の言葉のガムを、
まだ靴の裏からはがせないような、
情けない情けない僕の人生に、
かすかな希望を、投入してくれませんかね。

とりあえず、それまで僕は、この苦い夜の底に、
ゆらゆら、沈んでいますんで。
……男のくせに、ね。
posted by 晴居彗星 at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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