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2011年05月15日

詩『融解』

あたしは首を締める。自分の首を。自分の素手で。もちろん、自分の手で自分の首を締めて死んだ人なんて聞いたことないし、そんなことができるとも思っていない。だからこれはただのポーズだ。だけど本気の力をこめた。顔がむくんで破裂しそうなぐらい。

あたしは水を飲む。汚染された水道水を飲む。ただちに影響のない水道水を飲む。のどの渇きだけはただちにおさまった。小さく息を吐いたあと、あたしは次の行動を考える。しても構わないことはたくさんあったが、するべきことはなにひとつなかった。少なくとも、ただちにするべきことなどは。

あたしはみんなに幸福になってほしいと思う。それはずいぶん無理のある要求だともあたしは思う。けれど不幸にはなってほしくないなとは思う。幸福と不幸のあいだの、白から黒にかけてのグラデーションをあたしは想像する。そこに散らばる無数の小さな赤い点を想像する。まるで血痕のようだと感じて、すぐさまその安直さに辟易し、頭をかきむしる。

あたしは自分のことが嫌いではない。というか、嫌いになってはいけないような気がする。好きと嫌いのあいだにもグラデーションはあるが、それは幸福と不幸のグラデーションに比べると、曖昧な部分が少ないような気がする。けれど、少ないだけで、それはちゃんとある。そして、あたしが出会ってきた人、物、事象のたいていは、その小さなエリアに押しこめられている気がする。

あたしは服を脱ぐ。裸になって鏡の前に立つ。この行為は好きではない。これははっきりと言える。嫌いだ。だからこそそうしてみた。首まわりにかすかな指の痕が見えた。痣と言えるほどではない。痣になるほど力はこめられない。これはあっというまに消えてしまうだろう。肘には青い痣があった。これはしばらく残るだろう。なんのことはない、昨日の夜、棚にぶつけてしまっただけだ。脇腹には虫に刺された赤い点。かきむしったせいで、周囲も薄い赤が広がっている。これもしばらく残るだろう。

あたしはベランダから洗濯物を取りこむ。もちろん、服は着ている。

あたしはときどき、自分がなにかとんでもない間違いを犯しているのではないかという観念にとらわれることがある。それがいったいなんなのか、具体的にはわからない。気のせいかもしれないし、もはや取り返しのつかないほど重大なものだったかもしれない。人生において本当の意味で取り返しのつかないことがあるのかどうかわからない。けれど、これまでの経験を振り返ってみると、それはあると結論づけざるを得ない。少なくとも、人生が一回のみで、時間が戻ることがない以上。

あたしはコーヒーを飲む。かつてはミルで豆からを挽いていたが、最近はもっぱらインスタントのものをお湯で溶かすだけだ。砂糖もミルクも入れず、カップに入れたそれをあたしはのどに流しこむ。けれど落ち着きはただちに取り戻せない。良い豆とインスタントの味の違いもわからない舌で、口の中をぐるりと触った。気になる虫歯。

あたしは昨日の夢を思い出す。宇宙から地球を眺めている夢だ。あたしは小さな星の上に座り、遠くの地球をぼんやり見ている。そこは月ではなく、月よりもほんの少し遠い位置にある。奇妙なことに、夢の中のあたしは、今まさに目に映っている地球のどこかに自分がいることを確信しながら星の上に佇んでいる。本物のあたしが、本物のあたしを地球に捜している。そして、これも奇妙なことだが、夢から醒めたあとも、あれは夢ではなく本当の出来事なのだと、これは心の片隅でだが、やはり確信している。夢の中で、あたしは少し、息が苦しかった。

あたしは窓の外の空を見る。まだ夕方ではない。特にこれといって特徴のない、適当に雲が散らばる青空。グラデーションもない単色。ガラスの薄い汚れを少し気にしながら、脇腹を掻いた。

あたしはシャワーを浴びる。もちろん、服は脱いでいる。頭からかぶった熱いお湯が、髪を伝って頬や肩や胸に流れ落ちるのを感じる。シャワーから直接降り注ぐお湯と、髪を経由して滴るお湯は、種類が違うもののように思える。あたしは足の爪を見下ろしながら、指先で首の脈を触る。その瞬間、自分がものすごく間違っているという気持ちと、自分がものすごく正しいという気持ちが、くっきりとした球体の形を持って胸の奥の暗い空間に存在し、音を立ててぶつかり合っている光景が脳裏によぎった。ぶつかるたびに火花が生じ、それは赤い点になって体中に散らばっていった。あたしはシャワーを浴びながら、数時間前に取りこんだ、浴室の外に用意してある寝間着のことを思った。それを着てベッドに入れば、またあの夢を見るのだろうと確信した。あたしは奥歯を噛み締め、息を止めた。もちろん、自分で自分の息を止めて死んだ人なんて聞いたことないし、そんなことができるとも思っていない。というか、別に死にたいなんて思っていない。あたしは自分を幸福とも不幸とも思っていないし、好きとも嫌いとも思っていない。そんなことを考えなくても、ただ時間に沿って次の行動に移ることを継続してさえいけば、存在は可能なのだと思う。そうやって時間と共に流れていくごとに、あたしはなにかから遠ざかっていくような気もするけれど、それは気のせいだと思う。大きく息を吸いこむと、あたしの中の気管が、また勝手に呼吸を再開した。そして。

あたしはゆっくりと溶けていく。爪先から、膝頭から、肘から、指先から、あごから、つむじから、ゆっくりとお湯に流され、溶けていく。ただちにではなく、ゆっくりと時間をかけて溶けていく。溶けたあたしは乳白色で、けれど大量のお湯に混じってすぐに透明に変わって一緒に流れ落ちていく。あたしはうつむいたまま、排水口に吸いこまれていくあたしをぼんやり見ている。本物のあたしが、本物のあたしを眺めている。夢だとは別に思わない。夢かもしれないとは思う。夢でなくてもいいと思う。排水口へと自分が消えていくことを、取り返しのつかないことだとは感じない。あたしは気がつくと笑みを浮かべていて、幼い頃によく歌った童謡を口ずさんでいる。シャワーの水音は意識から消え、自分の歌うその童謡だけが頭の中に残っていく。あたしの体はゆっくりと溶けていく。ゆっくりと溶け続けていく。そして一回り二回りと小さくなりながら、あたしは全然、息が苦しくない。
posted by 晴居彗星 at 22:04| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いいね。あたしって表現したのなかなかないよね?いいよ。またあおう
Posted by けんたろ at 2011年05月20日 01:07
けんたろさん、ありがとうございます。
これは比較的、スムーズに書けた作品です。
Posted by すいせー at 2011年05月24日 22:12
大変ご無沙汰をしています。

なんだか今更なお願いなのですが、こちらの詩をお借りしてもよろしいでしょうか?
しばらくオープンマイク等への参加は未定なのですが、読んだ当初から「これを自分で朗読してみたい」と思っていました。とても好きな作品です。

ご検討、どうぞよろしくお願い致します。
Posted by 山崎みふゆ at 2012年01月28日 11:52
>山崎みふゆさん

お返事遅れました。
どうぞどうぞ、お読みください!
Posted by すいせー at 2012年02月05日 20:29
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