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2009年12月21日

寺山イズムを天野的に(『田園に死す』)

昨日は下北沢のスズナリで『田園に死す』(脚色・構成・演出:天野天街)を観ました。タイトルからご推察の通り、原作は寺山修司の同名映画です。演出の天野天街は劇団・少年王者舘を主宰するの劇作家・演出家。僕はこないだ本公演の『夢+夜』を観ました。今回のは流山児☆事務所の企画らしいです。

僕は原作である映画も観ているのですが、劇中で出演していた流山児さんの「全然『田園に死す』じゃねえじゃねえか!」というツッコミの台詞のように、かなり脚色が施されていて『田園に死す・天野天街バージョン』という感じでしたね。うまいこと原作の持つエッセンスを抽出しながら、そこに『身毒丸』のような他の作品や寺山の短歌、さらに寺山自身の生涯についても含ませて、メタ的な芝居になっていたのが面白かったですね。

そもそも映画の『田園に死す』もメタ的な作品で、前半部分の映画が、登場人物である映画監督が撮影している作品の一部であるという事実が明らかになるというような趣向があります。だから今回の芝居でもそこはうまく活用されて、天野天街お得意の、役者を投射した映像と重ねる手法によって「メタ」が描かれていました。僕的には、天野天街本人が出てきたら面白いだろうなあとちょっと期待していたんですが、そういう役目は流山児さんが担っていたような感じでしたね。

役者はオーディションで選んだみたいですが、小林少年役の人がすごく好きでしたね。動きもコミカルで、凄くキャラが立っていた。あと、原作と照らし合わせると、サーカスの空気女役の人が、体型的には全然違うのだけれども、メイクや衣装の雰囲気はそのまんまでしたね。主人公が分裂して3人の役者が同時にやるという面白い展開もあって、なかなか楽しめました。

原作もラストはメタ的でしたから、この芝居もどんな「メタ」で締めるのだろうと思っていたら、予想通りの締め方で気持ちが良かった。つまり、舞台装置が取り払われて残った背景の書き割りが、お客さんが入ってきたときに見たはずのスズナリの外観で、そこの階段を登場人物たちが上っていく、という終わり方だったわけです。僕的には、あのあと、役者たちが劇場の入口から入っていて「循環」したら最高にツボだったのですが、しかし現実問題としてキツそうでしたからね。客席側から役者が舞台にやってくるというシーンは流山児さんが劇中で3回ぐらいやっていたのですが、なにしろ客席が満員以上のギュウギュウで、かなり難儀してましたからねー。

音楽はJ・S・シーザーでした。実際に天井桟敷にいて、今は劇団万有引力にいるひとです。僕の時にはアフタートークはありませんでしたが、九條今日子さんも来たそうですよ。寺山修司はどの時代にも好きな人が多いですよね。やっぱり、彼の魅力は普遍的なもののようです。
posted by 晴居彗星 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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